シャツとオレンジでベルエポック

 サビネコ洞遊撃部隊の活動として、去る4月22日まで熊本のカフェOrangeで開催されていたGrouの春夏物のカラーオーダー会にいってきた。いやあ相変わらず恰好いい。定番のプルオーバーシャツから季節限定のサマージャケットまで、ビシッとGrouらしい筋の通ったデザイン。しかも嬉しいことに、以前はサイズがなくて泣く泣く諦めたプルオーバーシャツに大きめサイズが増えていた。

サマージャケットと散々迷った挙句にプルオーバーシャツに決定し、カラーオーダー。生地の種類からオーダーできるので、同じデザインのシャツでもそれぞれ全く異なる印象に仕上がるのが面白い。生地を合わせ、色を合わせ、自分好みの一着にしていく作業は既製服にない楽しみ。まだ現物は届いていないが、届き次第写真でお見せしたい(正しくは見せびらかしたい)と思う。

ああ、また長崎でもやってもらえないかなあ。

追記
会場になったOrangeさんはお店もお店の人もとっても素敵なので、いずれこちらでも紹介したい。熊本、また行きたいなあ。

はれやかな春の日に、爛漫のサクラ見て思う

新しい門出を祝う催し が、サビ猫たちの棲息各地で行われた日、遅い春の嵐も尚早の台風かと見まごうほどの強風に見舞われた。満開を待つばかりのサクラたちはけれども、堪えた、負けなかった、いやむしろ堂々と風を受けてたった。苛酷な自然とも美をほこる自然とは調和し、何事もなかったかのように今、サクラは見事に咲きほこっている。しかし自らの内なる自然が答えを見出すとき、すなわち散るときのサクラは見事に散る。今年もサクラを見て、自らもかくありたいと思った。 ナガサキのみんな、元気ですか。

秘密結社はちゃんぽんの香り

 この春、一匹の錆猫を長崎から送り出した。独逸語を自在に操るその猫はしかして一流の料理猫であり、友を喜ばせることに長けた素晴らしいエンターテニャーであった。ほーむずと自らを名付けたその猫はもっとも長く錆猫洞に住まい(もちろん221B号室であったことは言うまでもない)、もっとも深く錆猫洞を愛していた。

そのような猫を送り出したのだから、我々錆猫達の喪失感たるや幾許かと思われるかも知れないが、実はそうではない。この場所の名前を思い出していただきたい。「サビネコドウ」は「錆猫堂」ではなく「錆猫洞」なのだ。「洞」の第一意は「ほら穴」であるが、中世では「一族郎党」の意として用いられ、さらに彼の国では暗に「秘密結社」を示す言葉であるという。そう、錆猫洞は何を隠そう秘密結社なのだ。

秘密結社の目的は広く深く組織を拡大することにあるのだから、その構成員たるほーむず氏の旅立ちは、秘密結社錆猫洞の新たなる地への侵出に他ならないのだ。我々は丸山に穿たれた秘密の洞穴の中からほーむず氏の活躍に快哉を叫ぶことになるだろう。錆猫洞の更なる発展はもはや長崎だけに留まることはないのだ。

しかし、組織の維持にあたっては構成員の密な連絡は欠かせない。ほーむず氏は定期的に長崎の錆猫洞本部に出向き、活動報告を行う義務がある。もちろんほーむず氏も構成員を招集する権利を有するから、我々もまたほーむず氏の要請に応じ、ほーむず氏の元へ参集しなければならないのだ。

旅立つ友に幸大からんことを


さればナガサキ、またあおう。

七年間棲まった錆猫洞を一匹の錆猫がこの三月末に巣立つ。錆猫洞が掘られてもっとも古くから棲む古株であった。我ら猫の寿命から見て七年といえば、ヒトに換算すればいわゆる高齢者。ことナガサキでは、おくんちの順番一周分に相当する。籠町の龍踊りにはじまり樺島町のコッコデショに終わった。その間八坂町町内会青猫部に属する大家猫さんの曳く川船に涙した。その間ナガサキの北の外れに週日出かけては仔猫たちの成長を見守ってきた。そして夜な夜な心地よい丸山周辺の盛り場で、ちがう毛色の猫たちと戯れた。こうした仕合せなナガサキの生活に区切りをつける。ナガサキに馴染み、ナガサキの匂いが染みついたこの猫が巣立つのは内的な要因ではなく、外的な要因であるのでこの七年間ですっかり少なくなった後ろ毛を引かれる思いは小さくない。 巣立つ先は福岡。決して遠くはない。けれどもまちの匂いが、色が、かたちがちがう。跋扈する自転車にも気をつけなければならない。決して遠くないからこそ、短い移動時間が郷愁を片時も忘れさせてくれないのだ。だからまたすぐに帰ってくる。ちょくちょく帰ってくる。しつっこいくらい帰ってくる。 さればしばらく、行ってくる。

サビネコベルギー支所便り

 国際的なサビネコたちは、海の向こうに様々な情報網を持つ。なかでもベルギー支所は、モンドセレクションの本家でもあり、長崎の食が認められている地でもあって、長崎を愛するサビネコたちが棲まう地でもある。
 そのサビネコの一匹がかねてより、フランス語で日本のことを発信してくれていたのだけれども、見事に日本のジャーナリズムが食いついてきた、ネコに釣られる魚よろしく。しかもこのジャーナル、原文フランス語をきわめて明解にかつ、簡潔にまとめてくれていたものだから、ここに紹介する次第である。

 紹介記事は、ここに見られる。
http://log.shipweb.jp/?mode=datview&board_name=newsplus&thread_key=1315489353&thread_id=121062
 
 ベルギー支所のホームページは以下の通り。
http://www.denshift.com/

 セカイハヒロクマタセマク、アサクフカクマタトオク、チカクミジカクマタナガク、タカクテヒククテマルカッタ。

パノラマのイデアあるいは、円環の思想

  アジサカコウジ個展『自治区ドクロディア』

01       述べて作らず、並べて括らず

02       山と谷で光り輝く

03       進むは極私道235号線

04       あなた何よ、何かは知らんよ

05       蝉が瞳閉じる音

06       城南線を陽の沈む方へ

07       光速人力車夫と東から来た女

08       夕暮れ団の早朝特訓

09       アフリカへ行った友人

10       種子島の無鉄砲

11       テイクサンクソングフォーウェディング

12       ちょっと休憩

13       ここで歌って飯野カナ

14       いないひと味のボンボン

15       ひょうたんモロ号

16       はじめましてさようなら

17       この尖ったのって何かしら

18       休校特急白ねこ3

19       胡蝶は舞わず淀みたゆたう

20       ノモスカラロゴス初頭

21       指揮無視、不逞の輩

22       弔蝶調のダンス

23       弧影悄然、太る枇杷

24       よーっ!


 想念は、現実か。想念もまた、現実を構成する要素たりうるのか。想念こそ、現実を凌駕する何ものかでありうるのか。

 円環は閉じている。出入りできるのは刀を捨てる躙り口しかない。無防備にわれわれはその円環のなかに投げ出されるのだ。いや、自ら身を投ずるのか。

 自然と人為とがむき出しに円環に配されている。つながる高架道と中断された高架道。ある目的のために作られた無機質な人為的景観は、時間軸に沿って人間に目的を強いているかのようである。自然に属するのは、人間の肉体と、画題にある象徴的な小動物のみ。自然であるヒトのゆきつくところ、髑髏が、ヒトにまとわりつき、死の舞踏を生身の肉体とともに舞っている。近世の銅版画のように。

 人物の表情はあるとき以来、描きかえたと聞く。年齢という自然が為せる技が、その表情には刻み込まれていた……

 Et in Arcadia ego(アルカディアにも私はいる)は、memento mori(死を忘れるな)とならんで死と隣り合わせであることへの警句であった。自然の何たるかを経験し、経験しつづけるわれわれのいる場所はここだったか。それを指し示してくれる。そして画家自身のかつてあった、そして今いる場所を。


机上の空論、あるいは重力からの解放ーサビネコ、東シナ海を飛ぶー

雲の上の思想と地に足のついた思想
 
 サビネコたちは概して大の飛行機ぎらいである。筆猫もその例にもれない。そもそも高いところが苦手である。飛行機、観覧車、吊り橋、高層ビル、電波塔…… 急な用向き、長距離の移動が増え、飛行機にも最近ずいぶんと乗る回数が増えた。けれども慣れるどころか、同乗する知り合いを不安に陥れるほど、飛行機に対する不安を口にしてしまう。つまりこれほどまでに不安に対する想像力が豊かなのである。
 飛行機に乗り込まなければならないときには、そういうわけで次の用向きまで時間があればアルコールを摂って精神を麻痺させ身体を睡眠へと誘導する。けれどもこの度の用向きには、その余裕がなかったので、生まれてはじめて覚醒したまま機上の猫となってしまった。不安の中あれこれと考えずにはいなかった。

 机上―空の机とは、中国語で飛行機を意味する。机は機の簡体字であるから机上の空論は果たして今の筆猫の脳をめぐることばたちそのものであった。
 人類がはじめて空を飛んだのは19世紀終わりのこと。気球を発明したこころやさしいモンゴルフィエ兄弟は、計算上確実に安全であると確信した気球を飛ばすにあたって、実験とはいえこころにくい演出をした。気球が運ぶ籠のなかに人間よりも前に入れた動物たちは…… 鶏、家鴨、羊であった……
 飛べない鳥たちにとって空からの眺めは果たしていかなるものであったかは、おそらく飛行機ぎらいの筆猫の想像どおりであろう。けれども飛べない鳥たちは、モンゴルフィエ兄弟の手によってはじめて空を舞うことができたのである。そして神の仔羊と聖書にあるとおり、人の文字どおり身代わりとしてはじめて空に舞った哺乳類が羊であった……
 気球が空を飛ぶにあたって、当時の詩人たちは、肉体とともに精神も高揚すると考えた。それは詩人、彼らの想像力さながらに。ゲーテもまた、ファウストにメフィストフェレスとともに空中浮遊術で空から地上を眺めさせ、「まず小世間を見て、次に大世間を」見せる。
 ところで雲を通過するとき、いくばくかの衝撃を感じる。水蒸気もなるほど、空に浮かぶ粒子であった。物理学者リヒテンベルクは気球の有人飛行実験成功の報を受け、高揚しつつも冷静に「気球雑感」を認めている。大気圏の観測、雷雨の抑制(リヒテンベルクはドイツで初めて自宅に避雷針を立てた)、戦時の連絡などなどの可能性を。科学者のこの発想も精神が高められた産物か。
 重力に抵抗し、人は天に憧れてきた。塔もまた高みへと向かおうとする人間の営みの表象である。紀元前、バベルの塔の建設にあたって、神は人のことばを乱された。中世ゴシックの尖塔は、神のために建てられ、その姿を今日もなお誇り続けている。一方で現代のバベルの塔はどうか。地から隆起する電波塔たちは、その高さを競っている。そしてその高さを誇る、誇る、誇る…… 21世紀のバベルの塔乱立にあたって、神はどうなさるおつもりなのだろう……

 飛行機の上で考えると、頭のなかがふわふわしてしまう。他方で哲学者の散歩は、歩きながら考える準備をしているのだと思う。蓋し彼らが立ち止まったときに思想は生まれる。そのとき彼らの両足はしっかりと地についている。
 

バラのなごりとアジサイのはしり

 
西の果て長崎は、走りも旬も名残も早い。九州最西端に位置する長崎は、県庁所在地を考えるならば実は熊本よりも緯度が低い。つまり沖縄、鹿児島、宮崎に次ぐ南国でもある。長崎が豊かに有する自然の恵みはいつも、日本の季節感を先取りしている。

 大陸からの強い高気圧の張り出しで梅雨入りがずいぶん遅れたこの年も、自然は長崎にいつもの季節感をもたらしてくれた。
 さて、サビネコたちの遊ぶ長崎市の北のはずれの庭には今年から新たにバラが加わり、いっそう春の衣更えにいそがしい。

バラなごり.jpg

メルヘン・ケーニギン―おとぎ話の女王さまはそのなごりにもうつくしい。



__ (5).JPGのサムネール画像


おたくさの名をめぐっては、さまざまな逸話が残る。雨に映えるその色は長崎の梅雨の憂鬱をいやしてくれる。

長崎の五月の空の下、もぐり込むなら…… ここだからこそ耳打ちすること

  地球屋、中正、ハルビン、にし山、むら仲、桃若、季舟屋、陽龍、志乃多、一心、雲龍亭、桃山、清流、カプリス、諏訪亭、花山、ファミリア、ゴーシュ、あお、武蔵、暮六つ、Elvカフェ、かつら、ゲルニカ、鯉山水、欅、ラス・ブラバス、さんかくしかく、カリオモンズコーヒーロースター。

 サビネコたちが好んで無理してぜいたくをするお店の名前。サビネコたちが教えたくない店でもある。味覚が合うことを祈るばかり。Bistroistes主敬白。

 モンダイアラバサクジョシマス、ゴイケンアラバツイカシマス。

バラノナエ バラノナマエ バラノニワ

 ダブル・デライト、ロイヤル・ハイネス、手児奈、ア・カペラ、ブラック・ティ、メルヘン・ケーニギン、オオサカ、セツコ、ディオール、オールド・スムージイ、ミルキイ・ウェイ、マダム・ヴィオレ、パラダイス、ダイアナ・プリンセス・オブ・ウエールズ……

  サビネコたちのたまに遊ぶ長崎の北のはずれの遊園地にバラが植わった。この遊園地にバラを植えてくださったのは、ここもサビネコたちのたまに遊ぶ南山手のグラバー園の庭師。長崎の南北に咲き誇るバラ園は、同じ庭師の手になるもの。サビネコたちが敬愛するその庭師によれば、おそらくは日本の西洋バラ伝来の地であろう長崎の美しき五月に、種々様々なモダン・ローズが咲き誇るという。

 ドイツリートの名曲『春へのあこがれ』はオーバーベックの詩にモーツァルトが曲をつけた。その歌詞の一節よろしく
 「早く五月にならないかなあ。」


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